はじめに
法的な「武器」を持たずに戦場へ出てはいけない
前号では、全都道府県で施行された「暴力団排除条例(暴排条例)」がいかに企業側に厳しい責任を課しているか、そして「知らなかった」では済まされない社会的制裁の実態についてお伝えしました。条例は明確に「暴力団を助けるな、利用するな」と命じています。しかし、経営の現場において、怪しいと感じた相手に対し、丸腰で取引を断ったり、進行中の契約を打ち切ったりするのは至難の業です。
相手は交渉のプロであり、時には法の網をくぐり抜ける知識にたけています。「正当な理由なく契約を解除するなら、損害賠償を請求する」と凄まれたとき、明確な根拠がなければ、多くの経営者は沈黙せざるを得ません。
そこで極めて重要になるのが、書面という目に見える武器、すなわち「反社会的勢力排除条項(以下、暴排条項)」です。第2号では、自社を法的に守り、万が一の際にも毅然とした態度で関係を遮断するための「最強の盾」の構築方法について、実務的な観点から深く解説します。

LINEUP1 なぜ契約書に「暴排条項」が必要なのか:解除権という生命線
取引を開始した後に「実は相手が反社だった」と判明するケースは、現代のビジネスにおいて決して珍しくありません。相手は最初から正体を明かさず、むしろ優良なビジネスパートナーを装って近づいてくるからです。
1 暴排条項の圧倒的なメリットと法的効果
契約書に暴排条項を設ける最大のメリットは、相手が反社会的勢力であると判明した際、あるいは不当な要求を行った際に、「催告なしに即座に契約を解除できる権利」を確保できる点にあります。
(1)被害の最小化
条項があれば、疑いが確信に変わった瞬間に法的根拠を持って関係を断てます。これにより、不当要求や金銭的被害を最小限に抑え、致命的な打撃を受ける前に撤退が可能になります。
(2)信用失墜の防止
条例違反による社名公表や、金融機関からの取引停止といった最悪の事態(炎上)を、迅速な契約解除によって回避できます。
(3)立証責任の軽減
条項の中に「表明確約(自分たちが反社ではないと誓約すること)」を含めておけば、それが虚偽であったという事実だけで解除が可能となり、相手の具体的な違法行為を待つ必要がなくなります。
逆にこの条項がない場合、解除を巡って民事裁判で争うことになりかねません。裁判が長引く間も「反社と取引を継続している企業」というレッテルを貼られ続け、二次被害、三次被害が拡大する恐れがあるのです。
2 網羅的な導入:全ての「入り口」を塞ぐ
暴排条項は、主要な取引の売買契約書だけに入れれば良いというものではありません。
(1)賃貸借契約書
自社の保有する物件やスペースを貸し出す際、事務所として利用されるのを防ぎます。
(2)雇用契約書
従業員が裏で反社と繋がっている、あるいは本人が構成員であった場合のリスクを管理します。これは就業規則の改定とセットで行うことが不可欠です。
(3)業務委託・コンサルティング契約
形の見えにくいサービス提供こそ、資金洗浄(マネーロンダリング)に利用されやすいため、厳格な条項が必要です。
前号でも触れた通り、暴排条例が禁じる「利益供与」の範囲は非常に広範です。経営者は、何が助長行為にあたり、何が許容されるのか、その境界線を実務レベルで理解しておく必要があります。

LINEUP2 利益供与の禁止と「グレーゾーン」への実務的な対処
1 厳しく注意すべき具体的な行為
暴力団の活動を助長することを知りながら行う以下の行為は、指導・勧告の対象となる典型例です。
(1)物品の仕入れ・レンタル
反社関連企業から酒類を仕入れる、観葉植物のレンタルを受ける、清掃業務を委託する。これらは一見通常の商取引に見えますが、利益が組織に流れる「共生」の形です。
(2)役務の提供
暴力団の冠婚葬祭への宴会場提供、組事務所の改装工事や看板製作、組名入りの名刺や挨拶状の印刷。これらは組織の威信を高める手助けとなります。
(3)過剰な対価の支払い
相場より著しく高い広告費の支払いや、実態のない顧問料の支払い。
2 違反にならないケース(日常生活の維持)
一方で、社会通念上、直ちに違反とはならないケースも整理されています。
(1)公共サービス・生活必需品
相手が反社と知りつつも、電気・ガス・水道の供給を行うことや、医師による診断行為、弁護士による受任行為。
(2)一般消費者としての購入
コンビニやスーパーでのレジ対応、一般客としての飲食提供。
(3)知らない状態での取引
相手が反社であることを徹底して隠しており、一般的な注意を払っても知り得なかった場合(ただし、発覚後の対応が問われます)。
3 判断に迷った際の「ポイント」
「この取引は大丈夫か?」と迷った際の基準は、「その取引が暴力団の威力を利用することになるか、あるいは組織の運営資金を助けることになるか」です。何も対応せずに放置することは、内部統制の欠如として経営責任を問われる可能性があることを忘れてはいけません。

LINEUP3 会社を挙げて取り組む「4つのスローガン」と防衛体制の整備
契約書という「盾」を有効に機能させるためには、それを扱う「組織の意識」という土台が必要です。精神論を具体的な体制に落とし込む作業が求められます。
1 暴排4原則の徹底
以下のスローガンを役員から末端の従業員まで浸透させ、ホームページやパンフレットにも明記してください。
(1)暴力団を利用しない
トラブル解決や債権回収に彼らの力を使わない。
(2)暴力団を恐れない
威嚇に屈せず、組織として対応する。
(3)暴力団に金を出さない
名目を問わず、一円たりとも活動資金を渡さない。
(4)暴力団と交際しない
飲食、ゴルフ、慶弔事を含め、一切の私的接触を断つ。
これらを外部に「宣言」すること自体が、反社会的勢力に対する強力な抑止力となります。
2 「表明確約書」の徴収
契約を結ぶ際、相手方に対し「現在及び将来にわたって反社ではないこと」「暴力的な要求を行わないこと」などを誓約させる「表明確約書」を個別に徴収することは、今やビジネスの標準です。これを拒んだり、文言の修正や削除を求めてきたりする法人は、その時点で「やましい背景」があるサインです。物言いをつけてくること自体が、重要な判別材料となります。
3 契約の「出口」を戦略的に設計する
長期にわたる取引や自動継続条項は、一度入り込まれた際のリスクを固定化させます。
(1)自動継続の回避
契約期間を限定し、更新時に再度反社チェックを行う機会を設ける。
(2)解除事由の具体化
暴排条項に「反社と疑われる相当の理由がある場合」や「確約書に虚偽があった場合」など、無催告解除のトリガーを詳細に設定しておく。
(3)損害賠償の予約
解除によって自社に損害が出た場合、相手が全責任を負うことを確約させる。
まとめ
形だけの契約書から「実効性のある体制」へ
第2号では、契約書という「盾」をいかに強固にするか、そして日常業務における具体的な防衛ラインについて整理しました。
反社会的勢力は、時代の変化に合わせて驚くほど巧妙に姿を変えています。彼らはもはや「暴力」を振りかざすだけでなく、「契約」や「経済活動」というルールを逆手に取って近づいてきます。だからこそ、経営者が持つべき盾もまた、法的に洗練されたものでなければなりません。
「うちは長年の付き合いだから大丈夫」「この人の紹介だから安心だ」といった主観的な信頼は、組織的な暴力の前では無力です。形だけの暴排条項を入れるのではなく、万が一の際に「即座に、無催告で、損害賠償を恐れずに」関係を断ち切れる実効性を持たせることが、経営者の最大の責務です。
次号(最終号)では、本連載の総仕上げとして、具体的に「どうやって反社を見分けるのか」というチェック手法の詳細と、万が一関係が発覚した際の深刻すぎる倒産リスク、そして不当要求を受けた際の実戦的な対応策について解説します。
今回のコラムは、以下の顧問の方にご監修いただきました。
西岡 敏成
ジェイエスティー顧問
・元兵庫県警警視長
・警備・公安・刑事に従事
・2002年日韓W杯警備を指揮後、姫路警察署長・播磨方面本部長を歴任
・元関西国際大学人間科学部教授
ジェイエスティーには危機管理エキスパートが複数在籍しております。
企業のセキュリティ対策や防犯カメラ導入のコンサルティングはもちろん、個人情報保護や暴対法対策など、危機管理全般のご相談はジェイエスティーまで。