
はじめに
企業経営において「リスクマネジメント」といえば、情報セキュリティの強化やコンプライアンスの遵守、資金繰りの安定化などが真っ先に思い浮かぶかもしれません。しかし、企業の最小単位であり、最大の財産である「従業員」や「その家族」、そして経営者ご自身が犯罪のターゲットとなり、財産や精神的平穏を奪われることもまた、組織の生産性や存続を根底から揺るがす重大な経営リスクです。特に近年、その巧妙極まる手口で莫大な被害を出し続けているのが「特殊詐欺」です。
本コラムでは、特殊詐欺の中でも人間の心理を最も激しく揺さぶる「警察官等をかたる詐欺(偽警察官詐欺)」を徹底解剖します。敵の手口と心理戦の裏側を知り、企業と大切な家族を守るための「防犯インテリジェンス」を身につけていきましょう。
LINEUP 1:無知からの脱却――先入観、固定観念、正常性バイアスを排す
1 特殊詐欺の驚愕すべき最新実態
「自分や自分の家族だけは大丈夫」という根拠のない自信(正常性バイアス)こそが、犯行グループにとって最大の付け入る隙になります。
令和7年の1年間における特殊詐欺の認知件数は、27,758件、被害総額は1,414億円に達しています。これは、1日あたり約4億円の現金や資産が、容赦なく悪党たちの手に渡っている計算になります。さらに、近年激増している「SNS型投資詐欺」や、今回本質を掘り下げていく「偽警察官詐欺」などを合わせると、その総被害額は、3,200億円超、1日あたり約9億円という、国家的な損失とも言える規模にまで膨れ上がっているのです。
2 多様化する特殊詐欺の分類
特殊詐欺のアプローチは多岐にわたります。犯行グループは被害者の属性や社会情勢に合わせて、手口を巧妙に使い分けています。
(1)オレオレ詐欺
親族を装い、トラブル解決名目で現金を要求する手口。
(2)預貯金詐欺
親族や警察官、銀行員などを装い、「口座が不正利用されている」等の嘘でカードを騙し取る。
(3)架空料金請求詐欺
未払いの料金があるなどと嘘のメールや画面を表示させ、電子マネー等で支払わせる。
(4)還付金詐欺
自治体や税務署を装い、「医療費の払い戻しがある」とATMに誘導して操作させる。
(5)融資保証金詐欺
低金利融資を保証する名目で、事前に保証金を振り込ませる。
(6)キャッシュカード詐欺盗
隙を見てキャッシュカードを偽物とすり替えて盗み出す(偽警察官の手口に多い)。
(7)金融商品詐欺
価値のない未公開株や社債、暗号資産などの購入を持ちかける。
(8)ギャンブル詐欺
「パチンコの打ち子募集」や「競馬の必勝情報」を騙って情報料を搾取する。
(9)交際あっせん詐欺
異性の紹介名目で会員登録料や保証金を繰り返し要求する。
3 なぜ高齢女性が狙われるのか?被害者属性のリアル
統計によると、特殊詐欺の被害者のうち、75%以上を「60歳以上の女性」が占めています。高齢女性が狙われる背景には、明確な理由があります。
第一に、在宅時間が長いこと。固定電話に出る確率が圧倒的に高いのです。
第二に、子どもや孫を想う気持ちが極めて強いこと。家族の危機と聞けば、理性を失ってでも守ろうとする深い愛情が悪用されます。
第三に、老後の生活や孤独に対する潜在的な不安です。「このままでは財産が使えなくなる」という脅しが、彼女たちの不安に直撃します。
4 若者を飲み込む「闇バイト」と加害者化リスク
一方で、この問題は高齢者だけの課題ではありません。近年は、20代~30代の若年層における被害も増加しています。さらに深刻なのは、若者が「被害者」になるだけでなく、容易に「加害者(受け子・出し子)」に仕立て上げられるリスクです。
生活困窮や遊興費欲しさから、SNSで「高収入」「ホワイト案件」といった甘い言葉に誘われ、気付いた時には強盗や特殊詐欺の実行犯(闇バイト)として使い捨てられます。企業の従業員やその子どもたちがこうした犯罪に巻き込まれれば、企業の社会的信用や労務管理にも致命的な打撃を与えます。
5 詐欺師が仕掛ける心理誘導の特徴
詐欺師は単なる嘘つきだけではなく、人間の行動心理学を極めて高度に、冷徹に応用する「心理誘導のプロ」です。その特徴は以下の2点に集約されます。
(1)固有名詞による権威の服従心
彼らは「警察官」「弁護士」「税務署」「金融庁」「社会保険庁(日本年金機構)」など、一般市民が絶対に逆らえない、あるいは信頼せざるを得ない圧倒的な権威の固有名詞を最初に出します。これにより、被害者の脳内に「従わなければならない」という強い心理的圧迫(権威への服従)を生じさせます。
(2)恐怖と孤立による冷徹な計算
彼らのシナリオは、非日常的なトラブル(事件への関与、口座の凍結など)を突きつけることから始まります。人間は突然の危機に直面すると、脳がフリーズし、パニック状態に陥ります。詐欺師はそこを見計らい、「誰にも話してはいけない」「今すぐ手続きをしないと逮捕される」と告げて被害者を周囲から徹底的に孤立させます。冷静な判断力を奪い去った上で、「こうすれば助かりますよ」という唯一の抜け道(現金やカードの提出)を提示するのです。
6 なぜ信じてしまうのか?舞台裏の「演出力」
「自分なら絶対に騙されない」と思う人ほど危ない。そう断言できるほど、彼らの「仕込み(演出力)」は凄まじいものがあります。
(1)ベテラン役者
犯人グループは、毎日何百回も電話をかけ、拒絶のパターンを研究し尽くし、ロールプレイング等の事前研修を行っています。
(2)時流を捉えた綿密なシナリオ
法改正や新しい給付金制度、実際のニュースを即座に台本に取り入れ、リアリティを持たせています。
(3)心理的コントロールの小技の乱用
<ア> フット・イン・ザ・ドア:「私の名前が聞き取れますか?」といった簡単なイエスの返答から始め、徐々に「口座番号を教えてください」という重い要求へステップアップさせます。
<イ> ローボール・テクニック:「今、資産を守る手続きをすれば、絶対損はしません」と好条件を最初に提示し、安心させてから罠にはめます。
<ウ> ドア・イン・ザ・フェイス:「本来なら警察署に来て拘束ですが、特例として自宅での確認で済ませます」と、大きな要求(不利益)を引っ込め、譲歩したように見せて安心させます。

LINEUP 2: 警察官等をかたる詐欺―リアルな被害事例
1 「犯罪から守る」という大義名分を悪用する事例
ある日、被害者のもとに「〇〇警察署の防犯課」を名乗る男から電話が入ります。「本日、広域強盗団の主犯を逮捕したところ、押収した名簿の中にあなた名義の偽造通帳が含まれていました。銀行の内部人間が関与している可能性があり、このまま口座にお金を入れたままだと、全額不正に引き出されてしまう危険があります」と告げられます。
被害者がパニックになると、「今すぐ全額を解約して引き出してください。弊社の資産保護担当の警察官を自宅に向かわせます。安全のために警察の金庫で一時的に預かります」と説明。安心した被害者は、自宅にやってきた物腰の柔らかい「スーツを着た男」に、自身の全財産である現金を笑顔で手渡してしまい、男はそのまま姿を消しました。
2 「事情聴取」を名目に個人情報を搾取する事例
被害者のスマートフォンに「非通知」で着信があります。自称警察庁の捜査官から「あなた宛ての荷物から違法な薬物が見つかった。あなたを容疑者として事情聴取する必要があるが、遠方のため、まずは指定するメッセージアプリで通信を行ってほしい」と言われます。
誘導されたアプリのビデオ通話を開くと、画面の向こうには警察手帳を掲げた制服姿の男が映ります。「あなたの身元を正確に確認し、容疑を晴らすため、手元にある運転免許証の表と裏の画像を今すぐこのトークルームに送って下さい」と指示されます。被害者は信じ込み、顔写真や住所、生年月日、免許証番号のすべてを送信。犯人はその個人情報を悪用し、ネットバンキングで口座を開設したり、別の詐欺の足場として利用したりします。
3 「偽造確認」を口実にキャッシュカードを騙し取る事例(すり替え型)
「警察本部金融犯罪対策課」を名乗る電話で、「あなたのキャッシュカードが偽造され、買い物に使われている形跡がある。安全確認と証拠保全のため、これから警察官が自宅を訪問してカードを回収する」と連絡があります。
まもなく、偽の警察官が自宅に現れ、男は被害者の目の前で「カードと、暗証番号を書いたメモをこの封筒に入れてください」と指示。封筒に入れた後、「封印のために印鑑が必要ですので、持ってきてください」と被害者を部屋の奥へ行かせます。被害者が印鑑を取りに席を外したわずか数十秒の隙に、男はあらかじめ用意していた「中身がダミーのカード」が入った全く同じ封筒へとすり替えます。そうとは知らず、戻ってきた被害者は封筒の上から捺印。男は「手続きが終わるまで絶対に封筒を開けないでください」と言い残して去り、直後にATMから限度額いっぱいの現金が引き出されます。

LINEUP 3:警察官等をかたる詐欺を斬る――狡猾な手口と基本的対処法
1 犯人の狙い:4つのフェーズ(段階)
偽警察官詐欺は、一足飛びに金を要求しません。じわじわと外堀を埋めていく4つのフェーズが存在します。
(1)第1段階:権威による揺さぶり
「〇〇県警捜査一課の佐藤です」と名乗り、被害者の冷静さを奪う。
(2)第2段階:視覚的信用への誘導
「口頭だけでは信じられないでしょう。証明します」とSNS等へ誘導する。
(3)第3段階:偽りの証明(劇場型の完成)
ビデオ通話等で偽の警察手帳や、巧妙に作られた制服姿を見せて完全に信用させる。
(4)第4段階:絶望の宣告と救済策の提示
「あなたの口座がマネーロンダリングに悪用された。資産を保護するため指定口座に移す必要がある」と迫る。
このように、段階を踏んで被害者を「警察の厳粛な捜査に協力している」という錯覚に陥れるのです。
2 被害防止に直結する「犯行プロトコル(手口の特徴)」
(1)金銭の振り込み・キャッシュカードの現物要求
捜査の一環、資産の保護という名目で、警察が、特定の口座への振込みを指示したり、キャッシュカードを預かったり、ましてや「暗証番号」を聞き出すような手続きは、法律上も実務上も一切存在しません。「カードを預かる」「口座を移せ」と言われた瞬間、その相手は、詐欺師です。
(2)ビデオ通話やSNSメッセージを用いたデジタルアプローチ
本物の警察官が、LINEやSNSメッセージ、ビデオ通話で行うことは絶対にありません。特に、ビデオ通話の画面越しに「警察手帳です」「これがあなたの逮捕状です」と見せてくる行為は、ディープフェイクや精巧なレプリカの印刷物を駆使した詐欺師の典型的な演出です。
(3)偽装された電話番号・国際電話の悪用
彼らは被害者を信用させるために、発信元を偽装し、一見すると日本の市外局番や末尾4桁が警察署の代表番号「0110」など細工された番号からかけてくることがあります。また、近年非常に多いのが「+1」や「+44」などから始まる国際電話番号からの着信です。
3 現場で即実践すべき基本的対処法
(1)実在する電話か否かの確認(即時切電の鉄則)
会話が長引くほど、相手の心理誘導の術中にはまります。「確認しますので一度切ります」と言って、強制的に電話を切ってください。その後、相手から言われた番号ではなく、自分で警察署の公式ホームページを検索し、「本物の警察署の代表電話番号」へこちらから掛け直し、「先ほどこのような電話がありましたが、そちらの職員ですか?」と確認してください。
(2)「所属・氏名・内線番号」の徹底確認
「あなたの所属警察署・部署・役職・氏名・内線番号を教えてください。こちらからそちらの警察署の代表番号に折り返しかけ直します」を申し向けてください。本物の警察官であれば、この要求に何ら不都合はありません。これに対して、言葉を濁したり、「今すぐ対応しないと大変なことになる」と怒鳴ったり、脅してくる場合は間違いなく詐欺師です。
(3)セキュリティ対策・自動検知サービスの導入
個人の危機意識だけに頼るのには限界があります。企業の固定電話や従業員の携帯、高齢の家族の自宅電話には、「迷惑電話対策機能」や「詐欺リスク自動検知サービス」、通話内容を自動で録音する機器、または録音していることを相手方にアナウンスする機器などをあらかじめ設置しましょう。犯人は自分の声が残ることを恐れるため、これだけで高確率のアウトバウンド(架空電話)をシャットアウトできます。
(4)躊躇なき相談、公的相談窓口の番号を知っておく
「もし間違っていたら…」「怒られるかも」という羞恥心を捨て、少しでも不審に思ったら信頼できる家族や警察に相談することが、被害を水際で止める唯一の方法です。一人で抱え込まず、以下の番号へ迷わずアクセスしてください。
ア 緊急時の通報:110番
イ 警察への事前相談・通報:#9110(全国共通の警察相談専用ダイヤル)
ウ 消費生活全般のトラブル:188(消費者ホットライン)
(5)企業における危機管理体制の構築(組織と家族を守る)
ア 従業員に対して「特殊詐欺の最新手口」を定期的に教育・啓発する機会を設け、朝礼や社内報、ミーティングの場を使い、今回ご紹介した「偽警察官詐欺の手口」を知識として共有してください。これは「従業員の生活防衛」であり、企業の安定的経営を守るリスクマネジメントそのものです。
イ 「相談しやすい組織風土」が最大の防御壁:詐欺被害が深刻化する最大の要因は、被害者が「騙されているかもしれないけれど、誰にも言えない」と抱え込んでしまうことです。これは企業における不正や業務上のミスが隠蔽されるメカニズムと全く同じです。日頃から風通しの良い、何でも相談できる組織風土(心理的安全性)を構築しておくことは、従業員が「実は怪しい警察から電話があって…」と、被害が拡大する前にアラートを上げる環境作りにつながります。
まとめ
社会のIT化やデジタル化が進み、犯罪のツールが変わろうとも、詐欺グループが突いてくるのは常に「人間の感情の隙」という原始的な部分です。特に「警察官」という権威を悪用した手口は、私たちの正義感や守るべきものへの不安を容赦なく揺さぶってきます。
しかし、敵の「演出(シナリオ)」と「本物の警察が絶対にやらないこと」を念頭に置いておけば、私たちはパニックを回避し、冷徹に防衛ラインを敷くことができます。
詐欺の手口を知り、相談できる環境を構築することこそが、巨額の被害の連鎖を断ち切り、大切な組織と家族を破滅から守る最強の盾となるのです。
今回のコラムは、以下の顧問の方にご監修いただきました。
西岡 敏成
ジェイエスティー顧問
・元兵庫県警警視長
・警備・公安・刑事に従事
・2002年日韓W杯警備を指揮後、姫路警察署長・播磨方面本部長を歴任
・元関西国際大学人間科学部教授
ジェイエスティーには危機管理エキスパートが複数在籍しております。
企業のセキュリティ対策や防犯カメラ導入のコンサルティングはもちろん、個人情報保護や暴対法対策など、危機管理全般のご相談はジェイエスティーまで。